失われた時を求めて5 第三編 ゲルマントのほう II - マルセル・プルースト 

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失われた時を求めて5 第三編 ゲルマントのほう II - マルセル・プルースト
井上究一郎訳 - ちくま文庫版(筑摩書房)



 この巻の後半は,ほとんどがサロンでの晩餐会の描写であり,少し飽きるところもありますが,実は重要な場面があちこちにちりばめられていて,手を抜けないセクションなのであります.
 
 最初に衝撃的な話が挿入されます.それは「私」が愛していた祖母の死です.ここでは,祖母のベッドの周辺で,おなじみの女中頭のフランスワーズ,第一巻からキーポイントで現れるコタール医師の奮戦(会話は下品だが,腕は確かな医師)が展開されます.「私」の愛する人の死を目の前にした比較的客観的な,淡々とした描写がかえって心を揺さぶり,最後の場面では,こちらも泣きそうになりました.

 また,ここでゲルマント公爵がお見舞いにやってきますが,家柄や躾よってもたらされると思われる礼儀正しさに「私」は感心しながらも,形式的で空気を読めないお馬鹿さにうんざりし,この印象が後の話の伏線となります.
 
 次は,サン=ルー(ロベール)の彼の恋人との別れ.彼女は,駆け出し女優であり,自分の意見をしっかり持ち,会話も楽しいものでありましたが,元は娼婦であり,女友達は娼婦のような娘ばかりでした.また,確かに会話は楽しいものであったが,やはりレベルが低いと感じてきます.サン=ルー自身はまだ付き合う気でいたようですが,一族からの大反対,モロッコへの赴任(陸軍所属)などもあり,サン=ルー本人も徐々に冷めていきます.

 その次にアルベルチーヌとの再会が挿入されます.前回の出会いでは,彼女の家を訪問し,具合が悪く彼女がベッドで休んでいる状態で,「私」がモーションをかけ,軽くあしらわれました.今回は逆の状態です.「私」の具合が悪く,自分のベッドで休んでいるときに,彼女が現れ,今度は彼女の方が迫ってき,肉体的接触があります.

 しかし,第一印象の,男子特有の一方的な身勝手な(笑)憧れはすでになくなっており,全面的に彼女を愛せる心境ではなくなっているようですが,悪い娘ではないし,今後も彼女との関係が続くことを「私」は予想します.これも次の章以降につながっていく重要なエピソード.


 これからは,本書の一つの山場である.晩餐会の描写が始まります.
 「私」は高級官僚の息子であり,貴族ほどではないにしろ家柄も悪くないので,貴族やブルジョワのサロンに通され,やがて,文学や歴史,芸術に明るい人気者になり,憧れであった貴族のサロンに頻繁に出入りするようになります.ここでは,ゲルマント夫妻の叔母にあたるヴィルパリジ夫人の晩餐会,ゲルマント公爵夫妻の晩餐会に出席します.

 しかし,あれほど憧れていたゲルマント公爵夫人や高貴な秘儀のように思っていた大貴族のサロンへの熱はすでに冷めています.確かに,大貴族達にはブルジョワや帝政貴族の人達にはない個人的な資質以外としか考えられない家柄や血筋の良さ,躾の良さなどが態度や会話に現れていて,それらの面では関心させられることも多いが,他方,会話の内容は,スキャンダルと,他のサロンの様子,あれやこれやのうわさ話,素人レベルの芸術作品の評価などばかりで,「私」は彼らかは学ぶことは何もないと思いながら,サロンの様子を描写していきます.
 

 その後,次の章の内容の伏線となるシャルリュス氏(ゲルマント公爵の実弟)宅への訪問の場面があります.

 「私」は他人に聴かれないように耳元で「23時に来てくれ」と氏に誘われ,ゲルマント公爵夫妻に引き留められながらも彼を訪問しました.しかしそこでは,明確な理由もなく,ゲルマント夫妻に今夜の訪問のことを話したことなどをひどく咎められ,「私」も憤慨して口喧嘩状態となります.しかし,氏は「今夜限りでもう会うことはないでしょう」などと「私」に絶縁の言葉をぶつけながらも,「最後の夜だから,一緒に散歩をしよう」などと別れが惜しいような態度をとり,「私」を混乱させます.「私」も彼の性格,性癖をうすうす感づいていったところで氏と別れます.

 
 また場面が変わり,後日「私」はゲルマント大公(ゲルマント公爵とは別人)のサロンに出かける前に,ゲルマント公爵夫人を訪ねます.それは”「私」にもゲルマント大公からサロンへの招待状が届いたがそれが誰かのからかいではないか”と心配して,彼女に確かめてもらいという軽い訪問でありましたが,そこで偶然に付き合いがなくなっていたシャルル・スワンに再会し,彼の病身に驚くことになります.スワンと公爵,公爵夫人の会話,「私」達の訪問前に公爵を訪れていた彼の親戚によって知らされた彼の従兄弟の重篤な症状,それを傍聴していた「私」の印象を含め,このちょっとした訪問が重要なエピソードとなります.

 この後,実は全員がこの後のゲルマント大公のサロンに招かれていること,スワン自信が己の死の予兆を感じながらも,重要な用件を聴くために大公夫妻に会いに行くこと,前半でも現れたゲルマント公爵の馬鹿加減,従兄弟の最後の日よりも,晩餐会とその後の仮装舞踊会への参加を優先する社交感覚(もちろん喪に服すよりも自分が楽しみたいから),その彼に同調し一見享楽的に見えるが,実は人を気遣う繊細な心も持ち合わせた公爵夫人の心境,特にスワンへの大変な労りなどが描写されます.

 
 ここまでが大雑把なあらすじです.
 
 Wikipediaのフランスの歴史辺りを少し読んだので,サロンの会話の中で語られる王家,貴族の拝啓や洒落などが少し理解できるようになって,嬉しいです.貴族やブルジョワのサロンへの参加というのはもちろん経験がなく,実感がわかないですが,日本で言えば,明治の頃の華族の主催する舞踊会,財閥社長の主催する舞踊会,各国大使が主催するパーティに,いろいろな話のネタを持っている外務省の事務次官,局長の息子が出席するみたいな感じでしょうか.
 
 あー,さらっと書くつもりがやっぱり長くなってしまいました.次の章はいきなり衝撃的な場面の描写から入っていくようです.


/* リンクとか */
 フランスの歴史 - Wikipedia


/* おまけ */
最近の麻生太郎自民前幹事長のインタビューに,
「政治家の感性っていうのは麻生の生まれとか育ちとか、そういったものだけで決めつけがちだが、国民は別の感性で麻生太郎をみているんだと思う」
という言葉があったらしいですが,これは,上に述べたような社交界における”わかる人”と”わからない人”の差に類似しているように思いました.

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